2026年3月中旬頃からGithubというツールを使ってテキストファイル形式でライフログを作っていく仕組みを作り、約2ケ月経過しました。ライフログをどういう役割で使い始めたのかという観点からこの記事を書いていこうと思います。
― GithubとMarkdownで自分の人生を育てるための記録術 ―
最近、「ライフログ」という言葉をよく聞くようになりました。
日記、メモ、行動記録、健康管理、タスク管理。
スマホアプリやSNSも含めれば、私たちは既に大量のログを残しながら生きています。
けれど、自分自身の人生を本当に前へ進めるためのログは、意外と残っていない気がします。
何を考えていたのか。
なぜその行動を選んだのか。
どんな反応が返ってきたのか。
何を面白いと思ったのか。
何に疲弊し、何に希望を感じたのか。
そういうものは、タイムラインの彼方に流れていきます。
だから私は最近、
「Githubを使ってMarkdown形式のテキストファイルだけでライフログをデータベース化する」
ということを始めています。
これは単なる活動記録ではありません。
未来の自分のために、人生そのものを育てるための基盤づくりです。
なぜライフログを作るのか
よくある「目標達成術」では、
- 人生のゴールを決める
- 数値化する
- KPIを設定する
- 毎日進捗管理する
という方法が語られます。
もちろんそれが合う人もいます。
でも、自分の場合は少し違いました。
人生には、「これを達成したら終わり」という単純なゴールがあるわけではありません。
むしろ、
- こういう方向へ進みたい
- こういう表現を深めたい
- こういう人間でありたい
という“方向性”の方が重要でした。
そして、その方向性の中に、
- 音楽
- 詩・中原中也
- 読書
- AI活用
- 技術
- 人との交流
- 思想
- 創作
- 生活
- 植物を育てて食べる
など、複数の活動が同時に存在しています。
やりたいことはたくさんあります。
しかし現実には、
- 24時間しかない
- 身体能力は少しずつ衰える
- 集中力も無限ではない
- 記憶力も若い頃とは違う
という制限があります。
だからこそ、「人生の一部を外部化する」必要があると感じました。エンジンの部分は外部化は出来ませんが思考の一部=脳みそについてはAIの登場によって一部外部化が可能になりました、読者の皆様も今ではAI無しの生活は考えられないぐらい活用されていると思います。私も昨年あたりからAIを創作活動のアイデア出しや画像生成などに活用してきましたが、単なる単発のアクションの補助ではなく、もっと大きな仕組みの中で自分の人生を最大限生かすために使えないか考え始めました。
人生は、実は全部つながっている
面白いのは、一見バラバラに見える活動が、実は同じ根っこを共有していることです。
例えば、
- 詩を読む・音楽を聴く
- ピアノを弾く・アコーディオンを弾く・歌う
- AIと会話する
- 人と会って会話する・笑い合う
- 社会について歴史について考える
- 生物や自然界について考える
- 日記を書く
- 人前で演奏する・歌う
- 技術を学ぶ
- 畑仕事をする
これらは別々の行動に見えます。
けれど後から振り返ると、全部が同じ方向を向いていることがあります。
「ああ、自分はずっと“言葉と感情と構造”を扱いたかったんだな」
みたいに。
人生というのは、リアルタイムでは意味が分かりません。
あとから線になる。
だから記録が必要になります。
Githubってそもそも何?
ここで「Github」という言葉が出てきます。
技術系では有名ですが、文系の人には少し遠い存在かもしれません。
簡単に言うと、Githubは、
「テキストファイルの変更履歴を保存・管理できるサービス」
です。
もともとはプログラマーがソースコードを管理するためのものでした。
例えば、
- いつ
- どこを
- どう変更したか
を全部記録そして管理できます。
さらに、
- 過去に戻せる
- 差分が見える
- 検索できる
- 複数PCで同期できる
という特徴があります。私も現役時代同様のツールを使っていました。
これを「人生」に使う。
それが今回の発想です。
なぜMarkdownなのか
そして保存形式はMarkdownです。
Markdownは、ものすごく簡単なテキスト記法です。
# 見出し
## 小見出し
- 箇条書き
- 箇条書き
みたいに書けます。
重要なのは、「ただのテキスト」であることです。
つまり、
- 軽い
- 壊れにくい
- 将来も読める
- AIが扱いやすい
- 検索しやすい
という利点があります。
専用アプリに閉じ込められない。
これは実はかなり重要です。
10年後、20年後にサービスが消えても、テキストは残る。これはとても大事なことです。
そして何よりも、AIがMarkdown形式のデータを扱うコストがとても安いのです。蓄積したライフログは今後どんどんAIで縦横無尽に検索・分析され、そして未来に向けてのアイデアのベースになるのでお金があまりかからないというのも魅力です。
AI時代のライフログは「記録」ではなく「対話」になる
ここが本題です。
昔の日記は、「保存」が目的でした。
でもAI時代は違います。
ログは、AIとの対話材料になります。
例えば、
- 最近なぜ疲れているのか
- 何に熱中しているのか
- どの活動が長続きしているのか
- 何をすると精神状態が改善するのか
- どんな人間関係で消耗するのか
こういうものを、AIが横断的に見られるようになります。
これは単なる検索ではありません。
「人生の構造分析」が可能になる。
例えば、
あなたは疲れている時、技術系作業ではなく詩や音楽へ戻る傾向があります。
とか、
最近の文章では、「保存」と「継承」という単語が増えています。
みたいな分析ができる。
これは人間単体ではかなり難しい。
なぜなら、人間は忘れるからです。
もうひとつ、これが一番「AIが伴走者」というイメージに近いものですが、
やりたいことを進めるためにAIに相談しながら方法論を詰めていって具体的な行動に落とし込むまでの記録をドキュメントとして蓄積していくと、それがそのプロジェクト(やりたいこと)の軌跡になっていくのです。そのドキュメントはそのまま手順書としても使えるし、どういう議論を通してその手順になったのかとか、そういう細かい行間の部分も記録できるので後で振り返った時とか分析に使う時にとても役に立つ情報になるのです。
AIは“先生”ではなく“伴走者”
ここで大事なのは、AIを万能視しないことです。
AIは人生を決めてくれる存在ではありません。
むしろ、
- 整理する
- 接続する
- 提案する
- 思い出させる
- 比較する
- 言語化する
そういう補助輪に近い。
私はこれを「伴走者」という感覚で捉えています。
人間側に方向性があり、AIはそれを支援する。
逆ではありません。
そして、AIにも得て不得手がありますね、私はGeminiとChatgptとClaudeの3つを役割を明確にして使い分けています。この3つのAIの得て不得手については別の記事にしたいと思っています。
「人生のデータベース化」は冷たいことではない
ここを誤解されやすい気がします。
人生をデータ化すると聞くと、
- 効率主義
- 数値管理
- 自己最適化
- 冷たい合理性
をイメージする人もいます。
でも実際に2ケ月ほどやってみた結果は逆でした。
むしろ、人間らしさを守るために記録している感覚があります。
人は放っておくと、
- 大切だった感情
- 小さな感動
- 重要な違和感
- 静かな決意
を忘れてしまいます。
だから残す。
それは効率化ではなく、「人生の厚み」を守る行為だと思っています。
Github + Markdownは、思った以上に自由だった
実際にやってみると、
「高機能アプリより自由かもしれない」
と感じました。
ファイル構造も自分で決められます。
daily/
music/
poetry/
ideas/
health/
ai/
reading/
みたいに分けてもいい。
あるいは全部を日付ベースで並べてもいい。
さらにAIはMarkdownとの相性が非常に良い。
過去ログを読み込ませて、
- 要約
- 分析
- 傾向抽出
- アイデア接続
- 企画生成
などもできます。
つまりこれは、「第二の脳」に近い。
人生は、一人では処理しきれなくなっている
現代は情報量が多すぎます。
やりたいことも増えています。
一人の脳だけで全部を保持し続けるのは難しい。
だから外部記憶が必要になる。
ただし、それは単なるメモ帳では足りません。
重要なのは、
「自分の人生の流れが見えること」
です。
断片ではなく、流れ。
その流れをAIと一緒に読み解いていく。
最後に
私は、「AIで全部自動化しよう」とは思っていません。
むしろ逆です。
人間が本当にやりたいことへ集中するために、AIを使いたい。
人生を豊かにするために使いたい。
GithubとMarkdownでライフログを残すことは、単なる記録ではありません。
それは、
- 自分を忘れないための作業
- 思考の蓄積
- 創作の土壌
- 人生の地図
- AIとの共同作業
です。
今後、AIはもっと進化していきます。
だからこそ、「何を記録しておくか」が重要になる。
未来のAIは、記録された人生しか支援できません。
逆に言えば、ログがある人は、自分自身の人生を長期的に育てていける可能性があります。
私はそれを、静かに面白い時代だと思っています。

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