何故今、昔の記事をご紹介するのか
2007年に書いたblog記事があります、自分のPCストレージにひっそりと残っていたこの記事を再度インターネット上に上げようと思ったのは、この記事に出てくる海星女学院大学がもうすぐ閉鎖されるということを知ったからです。
当時20代前半、社会常識も無く、ただただ若い感性と欲望だけで生きていた頃、憧れの神戸の「キリスト教系お嬢様学校」という当時の私にとってはエモさMaxな場所でのお話です。
今、67歳、45年も時が経過していますが、当時の気持ち、直感で面白いと思ったことめがけて突っ込んでいく衝動とか、周囲の景色や目にしたものをそのまま表現する感性は、これからも大切にしていきたいと思いました。
それでは、以下が2007年に書いた記事となります。
「時のないホテル」にまつわる思い出 海星女子大のオカルト話について
今から25年ぐらい前のこと。(注釈:これを書いたのは2007年だから1982年ということになる)
今は2007年だから1982年か1983年頃 当時、京都に独りで住んでいて、休日は毎週のように国道171号線と国道2号線を通って神戸に行っていたように思う。
ある日、 六甲の麓の「海星女子大」(注釈:正確には海星女子学院大学です)という大学で、午前3時になると、そこの大聖堂の屋根にあるマリア像が動き出す という噂を耳にした。当時はインターネットはもちろん無く、L-Magazineという情報誌に載っていたのではないかと思う。
早速、独りで確認に行くことにした。まぁ、よほど暇だったのだろう。そしてそういうお馬鹿な行動に付き合ってくれる友達もいなかった。
季節は秋、週末の午前3時前、大学のマリア像が見える位置でクルマを停めて午前3時になるのを待った。 閑静な住宅街なので、午前3時ともなると、人通りもほとんどない。カーステレオで、ユーミンのアルバム「時のないホテル」を聴きながらマリア像が動き出すのを待っていた。
本当は動き出すはずがないことはわかっていたのに、間違いなく動き出すという「嘘の自信」のようなものがあった。
当然のことだが、午前3時を過ぎても何も起こらず、とりあえず用意していた135mmの望遠レンズと高光度のストロボをつけた一眼レフカメラも使うことはなく 生まれて初めての、そして恐らく人生で最後の 超常現象撮影会は終了した。
もちろん、動かなかったことに対してがっかりもしなかったし、当たり前とも思わなかった。
今日のところは動かなかった。
ただそれだけだ。けれども、二度とここに午前3時に来ることはないだろうということもわかっていた。
しばらく、「時のないホテル」をクルマの中で聴いていた。その日は満月の妙に明るい夜で、ヘッドライトに照らされた坂の並木道は月の光でセピア色に染まり、マグリットの絵画のような雰囲気を醸し出していた。
「シュールだなぁ」と独り言をつぶやいたかどうかは憶えていないが、絶対に呟いたと断言する自信はある。
あの人が 愛のかわりに 残していったのは 声たてて笑ったあとに遠くを見る癖。 あの人の途切れた行方捜すように すれちがうおなじコロンに振り向いてしまう癖。 (コンパートメント by Yumi Matsutoya)
時のないホテルに入っている曲は、「死」にまつわる曲が多い。 ユーミンにしては、といったら失礼だが、皆とても内省的な曲だ。 だから、ユーミンのアルバムの中で一番好きなのかもしれない。 こういうユーミンが本当のユーミンであって欲しいと願っている自分がいる。
海星女子大にはその後、妻とまだ付き合っていた頃、学園祭の大江千里のライブに行ったことがある、何気に若いころの思い出にしばしば登場する大学だ。
海星女学院大学の現在地

2023年4月17日付けで新規学生募集停止の記事が出ています。
京都のノートルダム女子大も2025年に募集停止を発表しました。
子供の数が減少したというのが一番の理由だとは思いますが、明治以来続いていた日本国内におけるキリスト教布教活動が令和になって変化してきたからとも言えるのではないでしょうか。


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